私の人生に影響を与えた2人の存在

現在私は空き家再生に特化した不動産会社を経営していますが、振り返ってみると今の私の「マインド」をつくってくれたのは、私に大きな影響を与えてくれた2人の存在が大きいと考えています。
1人は高校時代、所属していたサッカー部の先輩。そしてもう1人は大手企業を辞めてフリーランスに転身した私の父です。今回は、私に大きな影響を与えてくれた2人について、お話しさせてください。
「先を見据える視点」に気づかせてくれた高校時代の先輩
「高校ではサッカーに没頭したい」そう思った進学した高校は、サッカーの強豪校として有名な学校でした。しかし、私たちの代は特別強いわけではなく忸怩たる思いを抱えていたのです。そんな中でも懸命に練習する日々を続けました。
ある日の練習中のことです。私がキャプテンと競り合った際、キャプテンは膝の前十字靭帯断裂の大怪我を負ってしまったのです。当然私はケガを負わせるつもりは毛頭なく、ただボールを取りに行っただけの認識だったのですが、結果的にキャプテンは前十字靭帯が断裂し、長期離脱を余儀なくされてしまったのです。
ケガをさせたことについて、私はキャプテン本人に謝罪しました。しかし、彼は私を責めることもなく、「練習中のことだから仕方がない」「気にしなくていい」と受け入れてくれたのです。「もし、私だったらそんな風に言えるだろうか」改めて私はキャプテンの器の大きさに触れ、「すごい人だな」と感じたのです。
その後、私はキャプテンの代わりに試合に出場することになりましたが、試合では思うように活躍できませんでした。そのため、先輩たちからの風当たりが強くなり、練習やミーティングの場でも批判される日々が続きました。当然そうした批判を覆そうと努力しましたが、とうとう試合で活躍することはできず高校生活を終えたのです。
一方キャプテンは大ケガから復帰し、高校卒業後は、Jリーグのチームに所属し活躍しました。引退後はジュニアユースのチームを運営し、県大会で優勝するなどの実績を残すほどの指導者になりました。
キャプテンがJリーガーを引退し指導者になると決めたとき、私は「気にしなくていい」と言った思いがわかるような気がしました。すなわちキャプテンはケガのことも、「人生における高校でのサッカー経験」としてとらえていたのでしょう。
高校が終わっても、自分の人生は続いていく。広い視野で見たときに自分がサッカーとどう付き合っていくか。そんな、「未来思考」をキャプテンは持っていたのだと思います。私がキャプテンのその考え方に気づいたとき、1つの失敗経験でくよくよと悩まなくなりました。大学受験の際にも「自分に合った大学が見つかればいい」と前向きに考えることができましたし、「大学生活も社会人になるための通過点だ」と考え、余計な力を入れずに自分がやりたいことを思う存分行うことができました。
なお余談ですが、現在は私の息子がキャプテンが運営するサッカークラブに所属し、指導を受けています。今となっては親子二代にわたって関わりを持つことになりました。運命の巡り合わせを感じています。
父親から教わった「周りに流されないということ」
さて、影響を与えてくれたもう1人の人物が私の父です。父はある大手電機メーカーに勤めていましたが、50代前半で希望退職者に応じ、フリーランスの技術翻訳家に転身しました。もともと父は会社の支援を受けてマサチューセッツ工科大学(MIT)にも留学した経験がありました。英語力が高く、技術関連の知識もあったことから、翻訳業が適していると考えたのでしょう。
しかし、約20年前ではフリーランスという働き方は一般的ではなく、会社員になるのが当たり前の時代。最初のうちは仕事がなく、なかなか収入を得られない時期が続いたのです。ところが父は諦めませんでした。TOEICの試験を受けなんと満点を獲得すると、その実力が認められたのか次第に仕事の依頼が殺到、技術翻訳者としての地位を確立することができたのです。現在父は70代になりましたが、現在でも自分のペースで働いています。
父のフリーランスへのキャリアチェンジは、当時高校生だった私も大きな影響を受けました。最初は常に家にいて仕事をしている父に違和感を覚えましたが、次第にそれが当たり前になり、仕事に対する認識が変わっていきました。父の影響を受け、「将来的に独立することも選択肢の一つ」と考えるようになったのです。父からは、「会社に依存せず、自分の力で生きることの大切さ」「自分の強みを活かせる分野を見極めること」「結果を出すことで家族を安心させること」など、人生において重要な考え方を学ぶことができました。
なによりずっと仕事人間で働き詰めだった父と、私はまともに会話したことがありませんでした。しかし父が在宅で働くようになってから明らかに会話量が増え、父の仕事観を知ることができました。そういう意味でも父には感謝しています。
まとめ
今回は私の人生に大きな影響を与えた、高校時代のサッカー部のキャプテンと、フリーランスの技術翻訳者という仕事を選んだ私の父についてお話させていただきました。今後も私はこの2人の生き方に学び、お客様に寄り添った空き家再生、家づくりに尽力していきたいと考えています。
当社では、長崎市内の空き家を専門的に取り扱い、そこから全国の空き家を減らしていく活動をしており、空き家に関するノウハウがたくさんあります。空き家対策について、ご相談やご質問などございましたら、お気軽にご連絡をいただけたらと思います。